線維筋痛症と妊娠、出産

線維筋痛症患者さんの妊娠への不安

出産への不安

私もよく耳にすることがあります

私も投薬中に断絶して妊娠にチャレンジした1人です

当時は38歳という年齢で高齢出産というリスク

持病を複数持つというリスクもありながら

私がどうしても産みたいと

旦那さんを説得して赤ちゃんが来てくれるのを

待ちました

妊娠がわかった時から

切迫流産で薬生活が始まりました

母子手帳をもらえる頃には個人病院では

出産は難しいと

大きな総合病院に転院を勧められて

NICU(新生児集中治療室)がある市内唯一の総合病院へ転院しました

安定期という時期は私にはなく

切迫流産からすぐに切迫早産の薬に切り替わりました

安静にがずっと続き

妊娠8か月には入院したり

胎児の胎動が殆ど分からなかった事もあり

何度もモニターをしました

入院したのちに、赤ちゃんのものが何一つ揃えていない状態である事を理由に

一度、退院させてもらいましたが

その1週間後の外来で

赤ちゃんの心拍低下、胎動低下を理由に早く出してあげないといけないと言われ

一旦は帰宅したものの、毎日、胎動チェックなどをして

異変があったらすぐに連絡してくださいと…

当初、医師は自力で産むのは体力的にも持病の発作などを配慮して

手術による出産を勧められていました

どうしても、自分で産みたい

その意思を尊重して下さり

陣痛こそは自然には待つことはできず

点滴により一気に陣痛を起こし

その間も正直なところ

陣痛の痛みより線維筋痛症の痛みの方がつらかったです

麻酔準備や手術準備を密かに隣の部屋で進めて

いつでも、手術に切り替えられるようにしてくれていたのを

後日聞きました

低体重で産まれてから、呼吸障害などもあり

私の持病でもある難病の数値が、

娘にも確認された為

すぐにNICUへと運ばれました

娘に会えたのは産まれてから2日後の事でした

小さくて小さくて、沢山の管に繋がれている娘が

本当に申し訳ない思いもあったり

それでも、懸命に生きようとする姿に勇気をもらったり

その娘に会いに車椅子で毎日、毎日通って

初めて抱っこした日

涙が出そうになるのを堪えるのに必死でした

産まれてからも、しばらくNICUで

退院してからも発達フォローなどで毎日、毎週、毎月と

病院に通いました

それでも、沢山の想いを気付かせてくれた娘には感謝です

投稿者: Maako

現在40代の、複数の難病や持病、障がいを持ち29年6月生まれの女の子のママをやっています。 21歳歳の差亭主関白婚の日々や難病について 少しでもたくさんの方に知ってもらえたらと思っています。

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